計画

本プロジェクトでは、代表者らが考案した身近な素材を用いた被災紙資料の保存措置方法について、以下の3つの段階を設定して研究と普及活動を行います。

1.東日本大震災被災地における保存措置事例の科学的検証

身近な素材を利用した新たな保存技術を導入してレスキューを行った東日本大震災被災地の文書・記録類について、継続して経年変化などの観察・測定を行うとともに、すでに取得したデータを解析・考察して事例研究を深める。
  プロジェクトチームのメンバーを中心に測定したデータの分析を行い、適宜研究会を開催して結果をとりまとめる。
東日本大震災で被災した紙資料群に関する保存科学の見地からの状態観察・測定データの発表は、世界でも初めての試みとなり、学術研究上、極めて有意義な情報を提供できると考えられる。
  

2.新たな保存技術のプレゼンテーションと研究交流

データのとりまとめと併行して、イタリアで行うワークショップの準備に着手する。イタリアでは、1966年フィレンツェ大洪水を経験した際、現地および世界のコンサバター達が紙資料のレスキューを行っており、共通の研究基盤が整い、日本のレスキュー技術との比較研究を行うには最適の環境にある。また、ヴェスヴィオ火山をはじめとする噴火災害や、最近ではローマのフェウミチーノ空港近くで火山ガスと思われる噴出が確認されるなど、災害リスクが大きい地域として知られている。
WSは2016年10月の開催を予定し、会場はローマのバチカン図書館とする。同図書館とは現在、日本の伝統的な紙資料の保存修復に関する研究交流を進めており、現地の修復室スタッフとの意思疎通も十分に行うことができる。なお、準備に関わる会議にはSkypeを使用したテレビ会議形式を用いる。
WSには、イタリアをはじめ欧州の保存修復の専門家の参加を仰ぎ、日本で考案した新たな紙資料レスキュー技術を紹介して、その有効性を検証する。意見交換の場では、日欧双方で共有化できるもの、各国でアレンジが必要なものなどを検討し、その後、参加者が各国で検証実験を行うなど、共通理解と改善点を明確にして方法論の構築を目指す。
また、これと併行してイタリアにおける保存修復の実情、災害対策の現状なども調査して、研究の基礎資料とする。

3.「誰でもできるレスキュー措置」の世界への発信

広範囲にわたる災害の場合、被災する文書・記録類が大量に及ぶことは、すでに東日本大震災で経験済みである。この場合、駆けつけた大勢のボランティアの助力を得ながらレスキュー活動を行うことになるが、保存科学の専門家の数が少なく、十全な保存措置に手が回らなくなることは想定しておく必要がある。こうした際、事前にレスキュー技術のノウハウが広く公開・普及されていれば、より多くの文書・記録類に適切な保存措置を施すことが可能となる。

本プロジエクトの目標は、東日本大震災の際に考案した新たな保存技術を、専門家だけではなく、広く一般の人々にも理解してもらい、災害時によりスピーディーな初動対応が実現できる環境を整えること、いわば「誰でもできるレスキュー措置」の開発です。また、災害リスクは、日本のみならず世界共通の脅威でもあります。インターネット技術を活用して観察・測定データや研究成果、身近な素材を用いたレスキュー方法を積極的に世界へと発信していくことは、災害リスクを最小限に抑える方法を世界で共有化していくことにつながります。

本プロジェクトでは、2018年2月に日本において市民参加型の国際交流集会の開催を予定しています。ここでは、イタリアをはじめ欧州の専門家がWSの成果をもとにそれぞれの国に適応可能な保存技術を開発して紹介し、一般の人々がそれを実際に体験して、日本と各国との手法の違いや共通性を理解する場をもうけます。ここには、災害リスクが日本にとどまらず、世界共通の問題であることを認識してもらう意図も含んでいます。